ここが私の知っている世界ではないということと、もう二度と元の世界に帰れないという二重の衝撃に私の中には絶望しか残らない。立ち上がる術を失い、先を見出だせない現実に考えることを止めたくなる。いや、もう止めてしまおうか。だって、もう疲れた。


「立って」


糸の切れたマリオネットのように動かなくなった私の腕を、金髪の彼が優しく持ち上げる。しかし腕は力無くに垂れ下がるだけだった。手を放されたかと思うと両脇に腕が差し込まれ、あっという間も無く強制的に立たされた。さっきより近くなった彼の顔が瞳に映る。綺麗な顔。白い肌に紺色の着物がよく似合う。まるで絵本の中から飛び出してきた王子様のようだ。彼も、妖怪、なのだろうか。


「歩ける?」
「歩け、ま、す」
「じゃあ行こう」
「どこへ…?」
「俺の主の所っス。大丈夫、悪いようにはしないから」


返事も待たずに手を引かれる。「俺の手、絶対に放さないで」と言われ、信じていいのか分からないけど、悪い人には見えないし、それに、いま私が頼れる人は彼しかいないから信じるしかない。そう思った私は、声を出す代わりにぎゅっと手を握り返した。

歩き始めて間もなく林を抜けると時代劇などでよく見る江戸の町並みを思わせる風景が見えてきた。けれどそこを歩くのは私たちが本を見て妖怪と呼んでいるおばけたちだった。一つ眼、首がない、口が裂けてる。異常な光景に頭がくらくらする。なるべく見ないように目を閉じた。


「んん、人間の匂いがするぞ?」
「本当だ!」
「女だ、旨そうな女の匂いだ」


きっと私のことを言ってるに違いない。私がここに足を踏み入れた途端に騒ぎだしたもの。怖い、怖いよ。私、食べられちゃうの?


「…姿は消せてもさすがに匂いまでは消せないっスね」
「え…あの…、わたし、」
「静かに。詳しい話は後でするから」


嫌なものを見ないように彼の背中だけを見つめる。時折親しみに近い声に足を止めるもののどうやら本当に私の姿は見えていないらしく、彼はその度一言二言言葉を交わしその場をやり過ごす。みんな彼のことを「黄瀬様」と呼んでいた。そこで初めて名前を知った。黄瀬さん。黄瀬さんはもしかしたら相当偉い人なのかもしれない。そしてその偉いかもしれない人の主の下へ、いままさに連れられていると思うと背中に冷や汗が流れる。悪いようにはしないと約束してくれたけど、それは黄瀬さんだけであって彼の主は分からない。死ぬのはイヤ。でも、もうこれ以上全てに怯え続けるなもイヤだった。


「ここっス」


林から少し離れた丘の上。広いお屋敷に辿り着いた。林や町とは打って変わってどこか神聖さが溢れる場所である。


「無礼の無いように」
「は、い」


いよいよだ。ここまで来たら最早彼の主がどんな方であろうと腹を括るしかない。どちらにせよ私はこの大きな手に縋るしかないのだから。


第一章・第四話(13'0519)
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